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Hirom's Amblin' Report

八月納涼大歌舞伎 第2部

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年8月31日 23:51
  • 歌舞伎

あっという間に八月が終わっちゃう。猛暑だった中旬までとは打って変わって雷雨と肌寒いような日が続いた下旬。本当におかしな気候で、日本が亜熱帯になっちゃったようだ。それはそうと、九月になる前に八月歌舞伎の感想を書いておかないと忘れちゃうよな。

第2部は昭和46年に雑誌連載されて、同じ年のうちに新派公演のために戯曲化されたという作品だ。歌舞伎座では今回が初お目見えの『つばくろは帰る』。いなせな江戸の大工の棟梁を菊五郎、これは文句なしに似合ってるしかっこいい。ワケありの祇園の芸妓を福助で、祇園の売れっ子だけど出戻り芸妓という陰のある役を好演。特に棟梁から結婚を申し込まれて答える場面は最大の見せ場だろう。その後輩の舞妓を七之助、恋仲になる棟梁の弟子を勘太郎で、この2人がかわいらしい雰囲気を出してて面白い。勘太郎のおとうと弟子が巳之助で、おちゃらけたキャラクターを嫌みなくこなしている。東海道中で棟梁と知り合って弟子入りする子供を小吉(故坂東吉弥丈の孫)が頑張って熱演。いい役者っぷりだった。江戸の大工を呼んで江戸風の家を造らせる趣味人の旦那を彌十郎、福助の芸妓が世話になっている八重菊のおかみを扇雀。二人とも存在感がある役だったが、特に扇雀が貫禄で見せた。今月はこの人には驚かされるばかり。すごい。

もう一つは舞踊劇で『大江山酒呑童子(おおえやましゅてんどうじ)』。美術を串田和美がやり、勘三郎が初役で酒呑童子をやるというので、それを観たさの第2部観劇なのだ。酒呑童子、今月の勘三郎は役に入りきっていて面白い。それが勘三郎という役者であることを忘れさせる。源頼光を扇雀、平井保昌を橋之助、四天王が若くて亀蔵、勘太郎、新悟、巳之助が頑張っていた。装置はかなり変わっていて、四角い一段高くなった台の周りをぐるぐると歩いて山奥に入っていくようになっていたり、串田さんお得意の小さい建物が出て来たり、人形が出て来たり...。セリも使ったけど最後の酒呑童子を追いつめて成敗してってとこで床板が斜めに持ち上がって赤い粒の雨(血の雨なのだろうけど)が降るという趣向が面白かった。

初めて2階の桟敷席(左)から観たのだけど、3階の同じ辺りよりずっと見やすくてびっくり。値段が違うだけのことはある。

八月納涼大歌舞伎 第三部

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年8月16日 23:58
  • 歌舞伎

今日は第二部は見ずに、その時間は小休止して第三部に備えた。雨宿りに伊東屋に寄ったりしてのんびり。さすがに一日通しで見るのはお尻も痛くなってきついよ。

『新歌舞伎十八番の内 紅葉狩(もみじがり)』。今回は勘太郎が更科姫をやるというので楽しみにしてきたのだ。大正解。ほんっと彼は父君の襲名興行あたりからめきめきと良い役者に成長してきていると思う。姫としての品格はいうに及ばず、怪しの者としての雰囲気を醸し出してくるところといい、鬼女としての本性を現した後の異形の者の怖さといい、文句なし。侍女野菊で鶴松が出ていてお賑やかしに踊っていたが、まあ可愛いからいいか。山神を巳之助がやったのだが、これが良かった。父君の薫陶が余程なのだろうと想像される。将来が楽しみ。橋之助の平維茂、凛々しくて目の保養。

さて、夏のお楽しみと言えば新作歌舞伎。今年は野田秀樹の手がける歌舞伎としては三作目、オペラ『アイーダ』を題材に取った『野田版 愛陀姫(あいだひめ)』。上演に合わせて新潮社から『野田版歌舞伎』も発行されたし、期待は高まるばかり。

芝居の舞台を美濃と尾張の争いが続く頃の美濃の城、斎藤道三の娘・濃姫(勘三郎)と、その侍女・愛陀姫(七之助 )、勇者を木村駄目助左衛門(橋之助)、神託を告げる祭主ではなく、あやしげな祈祷師のコンビ(扇雀と福助)、愛陀姫の父・織田信秀(三津五郎)と置き換えてはあるが、話はそのまーんまである。勇者の行進に象が出て来た時には思わず笑ったが、それ以外にも笑うところは多かった。シリアスな芝居なのに、最後に2人が死にいく場面でも笑いが...演出としてどうなの、それは。脚本は悪くないし、芝居としても面白かったけど、でもそれはどーなの?と言いたくなるのは...うーむ。さすがに元の話がしっかりしている上に台詞が結構いいし、違う演出してくれたら、もう一度見てみたいとは思う。新作、と言いつつ、10日余りで作り上げて舞台に載せ、さらに磨いてる最中なんだから仕方ないか。濃姫の演技はさすがだが、この芝居で一番すごいと思ったのは祈祷師コンビ。最初の、いかにも怪しげな町の流しの祈祷師が、徐々に力を持ってパワーアップしていく様子が素晴らしい。特に扇雀、脱帽。

八月納涼大歌舞伎 第一部

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年8月16日 23:54
  • 歌舞伎

毎年恒例、八月は三部制の納涼歌舞伎。すっかり定着しているが、ここまで来るにはそこそこ道のりがあった、というのを今月の筋書きには特集記事としてまとめてある。一読の価値あり。

『女暫(おんなしばらく)』は、まあ話としては『暫』の女性版なので、オリジナルを思い出しつつ見るとニヤニヤ出来て楽しい。福助が巴御前で、女鯰を七之助、轟坊を勘太郎の兄弟が達者に演じていて面白かった。新悟、巳之助はいつの間にか育っていて驚いた。時間が立つのは早いなあ。成田五郎の市蔵が、猪俣平六の亀蔵に見劣りしてちょっと悲しい。亀蔵さん、やっぱ巧いや。最後のひっこみで舞台番として勘三郎が登場して六法を教えるところは御馳走。

『三人連獅子(さんにんれんじし)』は父獅子が橋之助、子獅子が長男の国生、母獅子は扇雀で、見たことのない「連獅子」だった。しかし子獅子......励めよ。

『眠駱駝物語 らくだ』は落語に題材を取った滑稽話。勘三郎と三津五郎のコンビで、いやー、芸達者な人達の芝居ってのは見てて気持ちいいや。亀蔵の死体役は天下一品だね。意外な女役の家主女房おいくで彌十郎が好演してるし、家主の市蔵も成田五郎よりよっぽどいい。たっぷりと笑わせてもらった。

七月大歌舞伎 昼の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年8月 9日 23:35
  • 歌舞伎

昼の部は『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』を「鳥居前」だけ段治郎の義経、春猿の静御前で、佐藤忠信実は源九郎狐は通しで海老蔵がやり、「吉野山」「川連法眼館 」では玉三郎が静御前という変則的な組み合わせでの上演。海老蔵の源九郎狐は2年前に初めてやったのも見ているが、それから比べればかーなりこなれている。ダメダメじゃなくなってる...というか、存在感や風格が増して「海老蔵の」演技としてものになってきているんじゃないかという感じ。でも口跡はやっぱり今ひとつ...どうもあの、「こーん」と言葉を引っ張って発音するような狐喋りがいけない。どこぞの先生によればあれは本来は「こっ...ん」と詰まるように発音するのが正しいらしい。そっちも聞いてみないと何とも言えないが、少なくとも引っ張るよりはマシな気がする。玉三郎は相変わらず美しいが、海老蔵が対等に張り合える存在感を出していたのには感心した。門之助の義経が品があって良い。

七月大歌舞伎 夜の部

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年7月20日 23:36
  • 歌舞伎

夜の部は玉三郎による泉鏡花ワールド。『夜叉ケ池(やしゃがいけ)』は監修だけで、百合役は春猿、白雪姫は笑三郎、萩原晃が段治郎、山沢学円が右近(当然だが、尾上ではなく市川)。今回は百合と白雪姫が別の人によって演じられるというところが以前と違うか。でも何だか全体に、前回とはかなり印象が違っていた。実際に違うのかどうかは前回の記憶が曖昧すぎて記録もしてないので何とも言えないが、異界のもの達と白雪姫が釣り鐘のことで争うところとか、最後の大雨で洪水になり村が沈むところとか、以前より印象が強くなった気がする。面白かった。

『高野聖(こうやひじり)』は...うーん、玉三郎が演じてすら、あの「女」の魔性と聖性をうまく印象づけるのは難しいのかもしれない。修行僧役が海老蔵で、どうにも気の弱い学僧にしか見えないのでそれも弱い一因かも。次郎役の右近(こちらは尾上)は上手かったんじゃないか?親仁の歌六が締めてくれたんで芝居としてはまとまった感があるけど...。あ、でも、最後の立ち尽くす修行僧は風情が良かったな。やはり何十年もお蔵入りになっていただけのことはあって、難しい芝居なんだな。

コクーン歌舞伎2008

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年6月29日 01:52
  • 歌舞伎

ヨーロッパから凱旋の『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』だ。コクーンで演じるのは3回目、1996年、2003年、そして今年。2004年にはニューヨークにも行ったし、今年の5月にはドイツ、ルーマニアで公演された。その間に演出も美術も芝居そのものもどんどん磨かれての渋谷だ。相変わらずの盛況っぷりで、チケットは争奪戦だったし、当日立ち見もずらりの行列。わくわくするったら。

本日夜の公演は午後5時開演。15分前には席に着いて、パンフを眺めたり客席を眺めたり。今回は後ろから2列目だったので、会場全体が見通せる。10分前くらいから役者さんがちらほらと客席を流し始め、拍手が起こってきた。これはコクーン歌舞伎の楽しみの一つだ。「今日は祭りだよ!」と言い合いながら役者が通る度に、客席のわくわくは高まっていく。やがて舞台の上で南京玉すだれなどの芸が始まり、お祭り気分は否が応でも盛り上がる。そして祭りにつきものの小競り合いや喧嘩が起こり、仲裁が入り、役人が飛んで来て舞台から人々が逃げ出して...芝居の始まりだ。すでにすっかり引き込まれている。

全体として、無駄をそぎ落としたような作りになってたと思う。舞台美術は更にシンプルかつ効果的だったし、芝居全体としてもテンポアップして引き締まっていた。文句なしで面白い。それぞれの役者が皆達者なのは当然としても、驚いたのは七之助の進歩だ。徳兵衛女房お辰という出番は少ないが見せ場のある美味しい役を、見事に演じていた。七之助には見えなかった、と言ってしまうと失礼だろうけど、そのくらい素晴らしくなっていて驚いた。成長する時期なのかな。今後が楽しみ。弥十郎の三婦はますます迫力があったし、橋之助の徳兵衛の憂い顔はますますかっこよかった。お梶役の扇雀は貫禄があり優しく、団七の勘三郎はかっこよくて悲哀に満ちていた。殺しの場面にいたるまでの笹野さんの義平次はますます憎ったらしくなっていて、「悪い人でも...」の台詞が説得力を持っていた。

今回のプログラムには、串田和美氏のエッセイが別冊付録で付いていたが、それを読むといかにしてこの芝居が磨かれていったのかよくわかる。その過程だけで一つのドラマだ。ほんっとうに面白い。ますます目が離せない、串田劇場with勘三郎だ。

小田急線

  • Posted by: ひろむ
  • 2008年6月22日 23:48
  • 日記

久しぶりに小田急線で出かけたら、「快速急行」なんてものが出来ていて驚いた。下北沢の次が新百合ケ丘だなんて、ありえなーいっ。

実家が小田急沿線で、学校もずっと小田急沿線で、最初の職場も小田急沿線だった。おかげで現在の家に引っ越す時も、どうにか新宿あたりに住めないかと本気で悩んだものだ。仕方なく小田急線から離れて、そしたら職場が更に逆方向に変わってしまい、実家に戻る時はほとんど車だし、小田急線に乗る機会がなくなってしまった。それに不自由を感じたこともないが、久々に下北沢の小劇場へ芝居を見に行くことになり、新宿駅で乗り換えようと思ってびっくりしちゃったってわけだ。

最初の職場が成城学園前を最寄り駅にしていて、それで初めての一人暮らしもその近所だった。成城学園前から下北沢までの間には経堂や祖師ケ谷大蔵、梅が丘があって、そこらの駅前にもちょくちょく遊びに行っていた。特に下北沢は小さいけど美味しい料理を出す店がたくさんひしめいていて、ちょっと行くにはいい距離だった。『本多劇場』に行くこともあったし、古本屋や雑貨屋に行くこともあった。今回は本多劇場グループで、そのすぐ側にある「劇」小劇場でやる演劇ユニット『Spiral Moon』の『日射し』という芝居を見るのだ。小劇場で芝居を見るのは久しぶりだし、演劇ユニットという形態もよくわからないのだけど、チラシが感じ良かったので観てみたいと思って。舞台装置も工夫があったし、演出もよくて面白いお芝居だった。

芝居の後は、ちょっと足を伸ばして成城学園前まで行き、更にバスに乗って砧方面まで『季の葩』のケーキを食べに行く。ここのケーキは私的にはNo.1なのだ。ケーキを食べた上に、パイシューを買って帰ることにする。カスタードクリームが、ものっすごく美味しいの。控えめな甘さで、たーっぷり入ってて...ああ、また買いにいかないと。そして駅前に戻り、『宮崎屋球三郎商店』で買い物。酒屋としてはここが一番好きだ。あれこれ目移りしてしまい、あっという間に時間が経ってしまう。ああ、やっぱりいい店だなあ。でも車で来ないと帰りが重くて大変。

成城学園前から新宿に向かおうと思ってホームへ。小田急多摩線に直通するやつなんてのもあるんだーとびっくり。千代田線直通は以前からあったけど、ロマンスカーも地下鉄から行けるのがあるし、いろいろ展開したのね。のんびりと各駅停車で新宿まで戻る。駅がどこも新しくキレイになってて、逆に面白みはないかもとか思いつつ。新宿駅は相変わらずの賑わい。JRに乗り換え。こっちエリアはよく通るのでお馴染みの空間。...そっか、小田急沿線を離れて7年だ。そんなに経つんだ。変わって当然か。次に実家に帰る時には、小田急線で帰ってみるか?荷物が多くて無理か。

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